はじめに
この章の目的は、フィジカルトレーニングを「その日その日のメニュー」ではなく、「流れ」として捉えられるようになることです。多くの選手は、トレーニングを点で考えています。今日は何をやるか、今週はどんなメニューか、という視点です。もちろんそれ自体は間違いではありませんが、その先に「どこに向かっているのか」という設計がないと、トレーニングは場当たり的になりやすくなります。
本来、フィジカルトレーニングは連続したプロセスです。
・今日は何をやるか
・今月は何を伸ばすか
・今の時期は何を優先すべきか
これらは感覚や気分で決めるものではなく、身体の状態と目的から論理的に判断されるべきものです。しかし現場では、「前にこれをやっていたから」「なんとなく効果がありそうだから」といった理由で選ばれていることが少なくありません。
第2章では、自分のフィジカル課題を整理する視点を扱いました。しかし、課題が分かっただけでは十分ではありません。その課題を「いつ・どの順番で・どう解決していくのか」という設計がなければ、トレーニングは依然として迷走します。この章では、そのための全体設計の考え方を提示します。
BTAが重視しているのは、「今やっているトレーニングが、次につながっているか」という視点です。今日のトレーニングが、明日のトレーニングをやりやすくし、次の段階への準備になっているなら、それは意味のある積み重ねです。逆に、今日の刺激が次に何も残さないのであれば、それは消耗に近いものになります。
フィジカルは、いきなり完成するものではありません。準備があり、積み上げがあり、それを競技に変換し、発揮し、回復する。この流れを何度も繰り返すことで、身体は少しずつ強くなっていきます。重要なのは、「今、自分はこの流れのどこにいるのか」を把握できていることです。
この章を通して身につけてほしいのは、細かいメニューではありません。トレーニングを俯瞰して捉え、「今はここをやる時期だ」と判断できる思考です。この視点が持てるようになると、トレーニングは指示されるものではなく、自分で選び、組み立てられるものに変わっていきます。
トレーニングがうまくいかない理由
フィジカルトレーニングに真剣に取り組んでいるにもかかわらず、思うような成果が出ないと感じている選手は少なくありません。「頑張っているのに伸びない」「何をやればいいのか分からなくなる」「気づけばメニューが場当たり的になっている」。こうした悩みは、特定の選手だけに起こるものではなく、フィジカルトレーニングに取り組む多くの現場で共通して見られます。
これらの問題の原因は、意志の弱さや努力不足ではありません。ほとんどの場合、「鍛える順番」と「時期」を考えずにトレーニングを組み立てていることが原因です。つまり、何をどの段階で行うべきかという全体設計が欠けている状態です。
フィジカルトレーニングは、本来積み木のようなものです。下にある土台がしっかりしていなければ、その上に何を積んでも安定しません。しかし実際には、土台が整っていない段階で出力を求めたり、準備不足のまま高強度のトレーニングに取り組んだりするケースが多く見られます。その結果、身体は一時的に疲れるものの、能力としてはほとんど積み上がらない状態になります。
また、トレーニングの「時期」を意識していないことも、大きな問題です。オフシーズンとインシーズンでは、身体に求められる役割が大きく異なります。それにもかかわらず、一年を通して同じ内容を繰り返していると、ある時期では過剰になり、別の時期では不足します。これでは、身体は常に中途半端な状態に置かれてしまいます。
場当たり的なトレーニングは、選手にとっても精神的な負担になります。「これで合っているのか分からない」という不安は、継続を難しくし、モチベーションの低下にもつながります。本来、トレーニングは未来に対する投資であり、積み重ねが見えるものであるべきです。その道筋が見えない状態では、努力が実感に変わりにくくなります。
さらに問題なのは、うまくいかない原因を「種目選び」に求めてしまうことです。新しいメニューに次々と手を出しても、順番や時期が間違っていれば結果は変わりません。重要なのは「何をやるか」ではなく、「今、それをやるべきかどうか」です。
トレーニングがうまくいかないと感じたときは、内容を増やす前に立ち止まり、「今、自分はどの段階にいるのか」「この刺激は次につながっているのか」を考える必要があります。この視点を持つことが、フィジカルトレーニングを軌道に乗せる第一歩になります。
BTAの基本設計
「準備 → 蓄積 → 変換 → 実現 → リロード」
BTAでは、フィジカルトレーニングを単発の強化や一時的な追い込みとして捉えません。身体は、正しい順番で刺激を受け、回復し、その結果として能力が定着していくものです。その流れを整理したものが、
「準備 → 蓄積 → 変換 → 実現 → リロード」
という5つのフェーズです。
この設計の最大の特徴は、「どのフェーズも省略できない」という点にあります。どれか一つが欠けると、トレーニングは積み上がらず、効果が不安定になります。逆に言えば、今自分がどのフェーズにいるかを理解できていれば、やるべきことは自然と絞られていきます。
以下では、それぞれのフェーズの目的と役割を整理していきます。
フェーズ① 準備(Prepare)
目的
このフェーズの目的は、身体を「鍛えられる状態」に整えることです。トレーニング以前に、身体が正しく動く状態でなければ、どんな刺激も意味を持ちません。また、ケガのリスクを下げることも重要な目的の一つです。
主な要素
・モビリティ(可動性)
・スタビリティ(安定性)
・基本動作の習得
可動域が足りない、姿勢を保てない、動作が不安定な状態では、次のフェーズに進む準備ができていません。この段階は地味に見えますが、ここを飛ばすと後のすべてが崩れます。準備フェーズは、土台中の土台です。
フェーズ② 蓄積(Accumulate)
目的
このフェーズでは、ストレングスの土台を作ります。ここでいうストレングスとは、単に重いものを持つ力ではなく、出力に耐えられる身体を作ることを意味します。
主な要素
・基本的な筋力トレーニング
・正しいフォーム
・ボリュームの確保
重要なのは、「どれだけ重いか」ではなく、「安定して繰り返せるか」です。姿勢を崩さず、コントロールした状態で負荷を扱えることが、蓄積フェーズの評価基準になります。ここで作られた耐久力が、次のフェーズを支えます。
フェーズ③ 変換(Convert)
目的
蓄積した力を、「速さ」や「出力」に変えていくフェーズです。ここで初めて、フィジカルが野球に近づいていきます。
主な要素
・ジャンプ
・スロー
・リフティング
・スプリント要素
このフェーズでは、力を素早く発揮する能力が求められます。ただし、準備や蓄積が不十分な状態でこのフェーズに入ると、動作は荒くなり、ケガのリスクが一気に高まります。変換は、土台があって初めて成立します。
フェーズ④ 実現(Apply)
目的
ここでは、フィジカルトレーニングで高めた能力を、実際の競技動作に結びつけていきます。トレーニングとプレーを分断しないことが、このフェーズの核心です。
主な要素
・投球・打撃との連動
・専門動作への落とし込み
この段階に入ると、「トレーニングでやっていることが、プレーに生きている」という感覚が生まれます。フィジカルが自己目的化せず、野球のための手段として機能し始めるフェーズです。
フェーズ⑤ リロード(Reload)
目的
リロードの目的は、回復と調整です。疲労を抜き、次の成長に備えることで、トレーニングの効果を定着させます。
主な要素
・ボリューム調整
・コンディショニング
・疲労管理
多くの選手が軽視しがちですが、成長は休むことで完成します。リロードを入れずに走り続けると、能力は頭打ちになり、ケガのリスクも高まります。リロードは「止まる時間」ではなく、「次に進むための準備時間」です。
この5つのフェーズを理解することで、トレーニングは感覚や勢いではなく、設計として判断できるようになります。
「今はどのフェーズか」
「次につながっているか」
この問いを持ち続けることが、BTA式フィジカルトレーニングの核です。
オフシーズンとインシーズンの考え方
フィジカルトレーニングを設計するときに、必ず押さえておかなければならないのが「時期」の考え方です。どれだけ正しいトレーニング内容であっても、行う時期を間違えれば効果は半減します。BTAでは、年間を通して同じメニューを続けることは基本的に行いません。なぜなら、身体に求められる役割はオフシーズンとインシーズンで大きく異なるからです。
オフシーズンとインシーズンは、どちらが重要という関係ではありません。それぞれに明確な目的があり、役割があります。この違いを理解せずにトレーニングを続けると、身体は常に中途半端な状態になり、成長のチャンスを逃してしまいます。
オフシーズン
オフシーズンは、「準備 → 蓄積」 を中心にフィジカルを作り直す期間です。この時期の最大の目的は、身体の土台を整え、次のシーズンで高いパフォーマンスを発揮できる準備をすることにあります。
シーズン中は、試合や練習によって身体にさまざまなクセや疲労が蓄積します。オフシーズンは、それらをリセットし、可動域や姿勢、動作の質を見直す貴重な時間です。モビリティやスタビリティを整え、基本動作を修正することで、トレーニングの精度を高めていきます。
また、ストレングスを積み上げるのもオフシーズンの重要な役割です。この時期は多少の疲労が出ることを前提に、ボリュームを確保し、身体に「耐えられる力」を身につけていきます。シーズン中にはなかなか取り組めない負荷設定も、この時期だからこそ可能になります。
ただし、オフシーズンだからといって無計画に追い込めばよいわけではありません。目的は「強く疲れること」ではなく、「次の段階に進める身体を作ること」です。準備と蓄積が整っていれば、次のシーズンでの変換や実現がスムーズになります。
インシーズン
インシーズンは、「変換 → 実現 → リロード」 を中心に考える時期です。この期間の最優先事項は、パフォーマンスの維持です。新しく能力を大きく伸ばすことよりも、今持っている力をいかに安定して発揮し続けるかが重要になります。
試合が続くインシーズンでは、疲労管理が非常に重要になります。オフシーズンと同じボリュームや強度でトレーニングを続けると、回復が追いつかず、パフォーマンスの低下やケガにつながります。そのため、トレーニングは「やりすぎない」ことが大切になります。
この時期のフィジカルトレーニングは、蓄積した力を維持しつつ、競技動作につなげる役割を担います。ジャンプやスプリントなどの出力要素も取り入れますが、量より質を重視します。また、リロードのフェーズを意識し、回復や調整を計画的に組み込むことで、シーズンを通して安定した状態を保ちます。
インシーズンのトレーニングは、目立つ成果が出にくいかもしれません。しかし、この期間を丁寧に過ごせるかどうかが、シーズン後半のパフォーマンスに大きな影響を与えます。
オフシーズンとインシーズンでやるべきことは明確に異なります。
同じメニューを一年中やらないこと。
これが、長期的に成長し続けるための重要な原則です。時期に応じて役割を切り替え、流れの中でトレーニングを組み立てることで、フィジカルは確実に積み上がっていきます。
土台トレーニングとは何か?
BTAが考える「土台トレーニング」は、一般的にイメージされがちなトレーニングとは少し異なります。
それは、
・ただ重いものを持つこと
・とにかくキツいことをやること
・汗をかいて追い込むこと
ではありません。
土台トレーニングの本質は、「次のトレーニングに耐えられる身体を作ること」にあります。つまり、今の刺激に耐えるためではなく、これから先に必要になる刺激を、安全かつ確実に受け止められる身体を準備することが目的です。
野球のフィジカルトレーニングがうまくいかない選手の多くは、出力やスピードといった分かりやすい能力を先に求めてしまいます。しかし、身体がその出力に耐えられる状態でなければ、フォームは崩れ、力はロスし、結果としてケガにつながります。これは能力不足ではなく、順番の問題です。
土台トレーニングで重視するのは、まず「姿勢を保てるかどうか」です。立つ、しゃがむ、片脚で支えるといった基本動作の中で、身体が安定しているか。力を入れなくても姿勢を維持できるか。ここが崩れている状態では、どれだけ筋力を高めても、その力はうまく使われません。
次に重要なのが、「動きをコントロールできているか」です。速く動く前に、正確に動けること。ゆっくりした動作の中で、関節や体幹が意図した通りに動いているか。土台トレーニングでは、スピードよりもコントロールを優先します。これは、将来的に高い出力を出すための準備段階です。
さらに、土台として欠かせないのが「疲れても崩れにくい身体」です。試合や練習の終盤でフォームが乱れる選手は、技術以前に土台が不安定なことが多くあります。土台トレーニングでは、安定性や基本的なストレングスを通じて、疲労下でも姿勢や動作を保てる状態を作っていきます。
ここで重要なのは、土台トレーニングは「地味」であるという点です。見た目に派手な変化は起きにくく、成果もすぐには数字に表れません。しかし、この地味な積み重ねがあるかどうかで、その後の成長スピードは大きく変わります。土台がしっかりしていれば、次のフェーズでのトレーニングは驚くほどスムーズに進みます。
出力トレーニングは、土台があって初めて意味を持ちます。ジャンプやスプリント、強いスイングは、身体がそれに耐えられる状態で行われてこそ、能力として定着します。土台がないまま出力を求めることは、完成していない建物の上階を無理に作るようなものです。
BTAが土台トレーニングを重視するのは、遠回りをさせないためです。一見すると成長が遅く感じるかもしれませんが、土台を丁寧に作ることが、結果的に最短距離になります。土台とは、「強くなる前に整えるもの」。この理解が、フィジカルトレーニングの質を大きく変えていきます。
今日から使えるシンプルな考え方
フィジカルトレーニングにおいて、多くの選手が迷う理由は「情報が足りないから」ではありません。むしろ逆で、情報が多すぎることが原因です。トレーニングメニュー、理論、動画、成功例。選択肢が増えるほど、「今の自分には何が正解なのか」が分からなくなります。そこで必要になるのが、迷ったときに立ち戻れるシンプルな判断基準です。
BTAでは、トレーニング内容に迷ったとき、必ず次の3つの問いから考えることを勧めています。
1. 今のフェーズはどこか?
まず確認すべきは、自分が「準備・蓄積・変換・実現・リロード」のどのフェーズにいるのかです。これを飛ばしてメニューを選ぶと、トレーニングは感覚頼りになります。たとえば、身体が整っていない状態で変換フェーズのトレーニングを行えば、動作は荒くなり、ケガのリスクが高まります。逆に、すでに準備と蓄積が十分なのに、いつまでも同じ内容を続けていれば、成長は止まります。フェーズを把握することは、すべての判断の起点になります。
2. 足りない要素は何か?
次に考えるのは、「今の自分に足りていない要素は何か」です。第2章で整理したストレングス、パワー/スピード、安定性、モビリティ、持久性・回復力。この中で、最もボトルネックになっている要素はどこかを考えます。すべてを一度に伸ばそうとする必要はありません。むしろ、一つに絞ることでトレーニングの効果は高まります。
3. 次のフェーズにつながるか?
最後に、そのトレーニングが「次の段階への準備になっているか」を確認します。今日のトレーニングは、明日もっと強い刺激を受けるための準備になっているか。今月の取り組みは、次のフェーズにスムーズに進むための橋渡しになっているか。この視点があると、トレーニングは単なる消費ではなく、積み上げになります。
この3つの問いがそろっていれば、トレーニングは大きくブレません。メニューの細かい違いよりも、「考え方」が統一されていることのほうが、長期的にははるかに重要です。
また、この考え方は一人でトレーニングする場合だけでなく、指導を受けるときにも役立ちます。提示されたメニューに対して、「これは今のフェーズに合っているか」「自分の課題に合っているか」と考えられるようになると、受け身ではなく主体的に取り組めるようになります。
フィジカルトレーニングに完璧な正解はありません。しかし、「判断の軸」を持つことで、遠回りは確実に減らせます。今日やることに迷ったら、まずはこの3つの問いに立ち返ってください。それだけで、トレーニングは作業ではなく、成長につながる選択に変わります。
第3章のまとめ
第3章では、フィジカルトレーニングを「その場の判断」や「単発のメニュー」ではなく、流れと設計で捉えるという考え方を整理してきました。ここで一貫して伝えたかったのは、トレーニングの成果は内容そのものよりも、「順番」と「時期」によって大きく左右されるという点です。
トレーニングがうまくいかない多くのケースでは、努力不足や根性の問題ではなく、鍛える順番が整理されていないことが原因になっています。準備が整っていないまま出力を求めたり、蓄積が不十分な状態で変換フェーズに進んだりすると、身体はその刺激を受け止めきれません。その結果、成長が止まり、フォームが崩れ、ケガにつながります。
BTAでは、この問題を防ぐために
「準備 → 蓄積 → 変換 → 実現 → リロード」
という5つのフェーズでフィジカルトレーニングを設計します。この流れは、一度回して終わりではありません。シーズンごと、年ごと、成長段階ごとに何度も繰り返される循環です。重要なのは、「今、自分がこの流れのどこにいるのか」を理解し、そのフェーズに合った取り組みを選べているかどうかです。
また、オフシーズンとインシーズンでは、フィジカルに求められる役割が大きく変わります。オフシーズンは準備と蓄積を中心に、身体を作り直す期間です。一方、インシーズンは変換・実現・リロードを重視し、パフォーマンスを維持することが最優先になります。同じメニューを一年中続けないことは、長期的に成長するための重要な原則です。
土台トレーニングについても、この章で明確にしました。土台とは、重いものを持てることでも、キツいことに耐えることでもありません。次のトレーニングに耐えられる身体を作ることが土台です。姿勢を保てること、動きをコントロールできること、疲れても崩れにくいこと。これらが整って初めて、出力トレーニングや専門的な動作が意味を持ちます。
そして最後に提示したのが、迷ったときのためのシンプルな判断基準です。
- 今のフェーズはどこか
- 足りない要素は何か
- 次のフェーズにつながるか
この3つを確認するだけで、トレーニングは大きくブレなくなります。メニューの細かい違いよりも、この「考え方」を持っているかどうかが、長期的な成長を左右します。
第3章で身につけてほしいのは、完璧なトレーニング計画ではありません。自分の身体と向き合い、流れの中で判断できる思考です。この視点があれば、環境が変わっても、指導者が変わっても、自分でフィジカルを育て続けることができます。
次の章では、この設計を踏まえたうえで、具体的に各フェーズで何を意識し、どのようなトレーニングを選ぶのかを、さらに細かく掘り下げていきます。ここまで理解できていれば、フィジカルトレーニングはもう迷うものではありません。
